大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)70581号 判決 1976年3月19日

原告 山野美容商事株式会社

右代表者代表取締役 山野治一

右訴訟代理人弁護士 大森正樹

被告 サン・ユニオン商事株式会社

右代表者代表取締役 重松幹雄

右訴訟代理人弁護士 谷口圭佑

主文

東京地方裁判所昭和四八年(手ワ)第二、一二五号約束手形金請求事件の手形判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金九八万円及びこれに対する昭和四八年六月一四日から完済まで年六分による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。

原告の請求原因は次のとおりである。

被告は原手形判決別紙手形目録のとおり手形要件を記載した約束手形一通を振出した。原告は右手形の受取人株式会社ビデオライブラリーから白地式裏書による譲渡をうけ、これに白地式裏書をして右会社に譲渡し、右会社は株式会社住友銀行に裏書譲渡した。住友銀行が満期の翌日右手形を支払場所に呈示したところ支払を拒絶されたので、原告は昭和四八年六月一三日額面額でこれを買戻し、現在その所持人である。よって被告に対し、手形金九八万円及びこれに対する買戻の日の翌日以降完済まで、年六分による利息の支払を求める。

被告は請求原因事実を認め、抗弁として次のとおり述べた。

(一)  被告は受取人ビデオライブラリーに資金の融通を得させる目的で本件手形を振出し、これと引換に右会社から、金額九五万円の約束手形の振出を受けたが、後者の満期(昭和四八年四月二五日)到来前に右会社が銀行取引停止処分を受け、その手形は支払がされなかったから、被告は右会社に対しては本件手形金を支払う理由がない。

しかるに、(1)原告は期限後の手形譲受人であるから抗弁の対抗を受ける。

(2)原告代表者山野治一はビデオライブラリーの代表者山野凱章の実父で、原告と右会社とは一体の企業であり、原告は右会社の本件手形償還義務の履行を保証するために裏書をしたのであるから、独立の経済的利益を有しない手形所持人であり抗弁の対抗を受ける。

(3)原告は本件手形が融通のために振出されたことを承知しているから、本件手形の住友銀行からの買戻はビデオライブラリーにさせるのが順当であるのに、右会社が対抗を受ける手形抗弁の切断を計るために自ら買戻をして本訴請求に及ぶのは背信行為であり、権利を濫用するものである。

(二)  被告代表者重松幹雄は昭和四八年三月三一日個人で原告に金八〇万円を貸付けた(ビデオライブラリー振出の約束手形二通の決済資金を原告が支弁することになり、そのうち八〇万円を重松が貸付けたもの)。重松は昭和五〇年七月一〇日右債権を被告に譲渡し、同年九月一六日譲渡通知を原告に到達させた。そして被告は同月一九日の本訴口頭弁論期日で原告に対し、本訴請求手形金債権と右譲受債権とを対当額で相殺する旨意思表示したから、その限度で手形金債権は消滅した。

抗弁に対する原告の答弁は次のとおりである。

抗弁(一)の前段の事実中本件手形振出の目的と手形を交換した事実は不知。ビデオライブラリーが取引停止処分を受けたことは認める。同後段(1)(2)(3)の事実中代表者両人の身分関係は認めるが、その余はすべて否認する。

抗弁(二)の事実中重松から原告への金円貸付の事実は否認する。債権譲渡の通知が原告に到達したことは認める。

≪証拠関係省略≫

理由

原告の請求原因事実は争がない。

被告の抗弁(一)について

(1)  ≪証拠省略≫によれば、被告とビデオライブラリーとは昭和四六年春頃から融通手形の交換を続けていて、本件手形もそのうちの一枚であるが、本件手形と引換に振出されたビデオライブラリー振出の手形は、右会社がその満期より早く銀行取引停止処分を受けた(停止処分を受けた事実は争がない)ため、支払われていないことが認められる。従って、被告は本件手形受取人のビデオライブラリーに対しては、右の事情を理由とする人的抗弁を有するといえる。

(2)  被告は、原告が期限後の手形取得者であるから抗弁の対抗を受けるという。原告が期限後に戻裏書を受けた手形所持人であることは原告の主張自体から明らかであるが、期限後の取得者であることのみを人的抗弁の対抗理由とするためには、被告が期限後の譲渡人に対して抗弁事由を有することを要するところ、本件手形の期限後譲渡人住友銀行新宿支店が、(1)記載の抗弁事由についての害意ある手形所持人であることは立証されていない。従って、被告が原告の期限後の手形取得のみを理由として抗弁を対抗することは許されない。

(3)  被告は、原告が固有の経済的利益を有しない手形所持人であるという。案ずるに、原告代表者山野治一とビデオライブラリー代表者山野凱章とが父と子の関係にあることは争ないが、原告と右会社が実質上同一体の企業であったことは立証されていない。しかも、原告が本件手形に裏書し、これを買戻した事情は次のとおりであることが認められる即ち、≪証拠省略≫によれば、ビデオライブラリーの取引銀行たる住友銀行新宿支店は、かねて右会社の要請によって被告振出の約束手形を何回か割引いたが、その際その手形に、右支店に信用の大きい原告の裏書があることを割引の要件としていたため、本件手形を被告から取得した右会社代表者山野凱章は、直ちに原告の当時の副社長中谷芳にこれを提示し、銀行割引に必要であるから従来と同様原告の裏書を記載するよう依頼した。中谷は山野の叔父に当る者で、かねがね右会社のために原告の資金を融通するなどしていたのであるが、本件手形が割引かれたときは、原告から右会社への貸金の幾分でも弁済されることを期待し、原告代表者山野治一の決裁を受けないまま、本件手形に原告名義の記名押印をして山野凱章に返戻した。山野は右手形を上記銀行支店で割引いたが、その代金は原告には渡さなかった。そして、右手形の所持人たる右銀行支店は、右手形が満期に支払われなかったところから、支払能力のある原告に買戻を請求し、原告代表者山野治一は、右手形の裏書が同人不知の間にされたものであったため、当初買戻には不賛成であったが、銀行取引に支障が生ずることを考慮し、結局原告において手形金と利息を支払ってこれを受戻した(手形の不渡と買戻の事実は争がない)。以上のとおり認められて、この認定を左右する証拠はない。右認定の経緯に照らすと、原告のした裏書の趣旨は、受取人ビデオライブラリーの償還義務の保証ばかりではなく、振出人被告の支払義務の保証をも含んでいたことは明らかである。そして、以上の認定事実に基づいて、原告が固有の経済的利益を有しない手形所持人かどうかを考えるならば、原告がこれを有することは疑をいれる余地がない。

(4)  被告は、原告が本件手形を融通手形と知っている以上、自ら買戻をして振出人たる被告に手形金を請求することは、背信行為且つ権利濫用であるという。原告が手形買戻当時本件手形の性質を知っていたかどうか、的確な証拠はないが、(3)に認定の中谷芳の裏書代行の際、同人はこれを知っていたように思われる。しかし、同じく(3)に認定した事情によって原告が買戻をしたのであれば、それは銀行との取引を円滑に継続するための当然の行為といって差支ないし、原告の裏書が被告の支払義務を保証する趣旨を含んでいたのであれば、原告が買戻に要した資金を振出人たる被告に請求することも当然であって、背信或いは権利濫用の評価をすべきいわれはない。

以上説示のとおり、抗弁(一)は理由がない。

抗弁(二)の被告の主張は、被告が原告に対する貸金債権をもって相殺するというにある。

先ず、重松幹雄の原告に対する貸金債権の存否について考えるに、成立に争のない乙四号証の一、二は、重松振出の金額八〇万円、振出日昭和四八年三月三一日の小切手で、裏面に交換印と原告の記名があるところから、原告が小切手金の支払を受けていることが認められる。被告代表者重松の尋問の結果(第一、二回)と、証人中谷、山野(第二回)の各証言中に、右小切手に関する部分があるが、重松が「ビデオライブラリー振出の二枚の約束手形(金額九〇万円と四六万円)の決済資金が不足したので、右会社を救うために重松が乙四号証の小切手を振出して中谷に渡し、残額五六万円は原告が支弁するよう同人に依頼した。結局重松は原告に代って八〇万円を支払ったことになる。」と述べるのに対し、中谷は「原告がビデオライブラリー若しくは重松に一三六万円を貸与する際、その見返りとして乙四号証の小切手を受取った。」と述べ、山野は「重松が経営する株式会社昌和が振出した約束手形の決済資金として一三六万円が必要であったので、原告から右金額の融通を受けたが、そのうち八〇万円を乙四号証の小切手によって借用した。」と述べ、各々その内容を異にする。しかし、最も被告の主張に近いと見られる重松の供述からも、右八〇万円の小切手の振出が重松のビデオライブラリーに対する融資金とは認められても、原告に対する貸金とは認めることができない。けだし、右小切手振出の頃原告が右会社の経営資金を全面的に援助すべき、契約上又は道義上の義務を負っていたことも、八〇万円の調達に事欠いて重松から借用を必要とする事態にあったことも、全く立証されていないからである。又、上記二証人の証言からは、なおさら被告主張事実を引出すことはできない。(乙四号証と上記二証人及び重松の証言供述を総合すると、ビデオライブラリーのために原告が五六万円、重松が八〇万円を分担支弁したものと思われる。)

従って、その余の被告主張事実についての認定をまつまでもなく、抗弁(二)が理由のないことは明白である。

請求原因事実によれば原告の本訴請求は正当であるから、これを認容した原手形判決を認可することとし、民事訴訟法八九条、四五八条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 吉江清景)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例